脱力とか、力を抜くという事がなかなか出来ない時、心が日常的に戦闘モードになってはいませんか?
筋肉を緩めているつもりでも、もう少し深層の部分、つまり心のレベルからのリラックスが出来ないから、顕在意識では力を抜いたつもりなのに、もう少し力を抜いてと言われる。
これ以上どうやって力を抜くの?私もそう思いました^_^
私も自分では力を抜いているつもりなのに、もっと力を抜く、の意味が全然分からなかったのです。力を抜く事について考えていたある時、日々の出来事が重なって、自分は心の深い部分では常に何かと戦い続けて来たのかも知れない、、、と気付きました。
その戦闘モードの原因を辿ると子供の頃の記憶に繋がります。
間違ったら、失敗したら、言うことを聞かなかったらすごい剣幕で怒られた、相手の思うように反応しなかったら落胆された、自分の出来なかった事でがっかりされた、そんな様な記憶たち。それは、相手がどうこうという事ではなく、幼い頃の私がそう捉えたという事です。
悪気がなかった分、自分そのものを否定された様な気持ちになる、こんな体験を幾度となく繰り返すうち、いつの間にか絶対に失敗出来ない、間違ったら生存の危機だ!大袈裟な言い方に聞こえるかも知れませんが、そんな風に心の防衛システムが過剰に働いて、ずっと戦地を生きて来たんだと気付いた時にびっくりしました。
なぜなら、身体自体はだいぶ動く様になり、リラックスできる様になったと感じていた頃だったからです。
だけど、もう一つ先に自分の身体レベルを進めようと思った時に、まだ気付いていなかった深い部分の力みに気付くタイミングがやって来たのです。
身体は、物理的な部分はもちろん、見えない部分からも作られています。
過緊張、あるいは脱力が分からない、リラックスが出来ない、そんな状態に思い当たる節があれば、まずは心から安心出来ていますか?そう問いかけてみて下さい。
ちゃんと出来ているか、自分を見張り過ぎていませんか?何故出来ない!と攻め続けていませんか?そんな自分が本当はかけて欲しい一言は何ですか?
今までごめんね、気持ちをわかってあげなくてごめんね、そんな風に自分を許せた時に、気付けば力が抜けているかも知れない。
都合の悪い自分はなくすものではなく、伴走して一緒に進むもの。嫌な気持ちの裏には本当はして欲しい事がある。
その中から本当の希望を抽出して自分らしさに変える事が出来た時、身体はどんな風に自由になれそうな気がしますか?
今日のブログが何かヒントになれば幸いです。
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